「ただ眠るためではなく、その空間の思想に浸るために泊まる」
そんな選択ができるのは、人生の機微を知る大人だけの特権かもしれません。
かつて安藤忠雄氏が手がけた直島の宿に泊まったとき、私は初めて知りました。建築に泊まるとは、その空間が持つ哲学の一部になることなのだと。計算し尽くされたコンクリートの静謐さ。以来、私の旅は「誰の思想の中に身を置くか」を巡るものへと変わりました。
2026年、京都。街に息づく巨匠たちの美意識を、私の記憶と憧れとともに辿ります。
ウェスティン都ホテル京都|村野藤吾が描いた「和洋の輪舞曲」
かつて訪れた志摩観光ホテルで、真珠の海に溶け込むような圧倒的なスケール感に触れて以来、村野藤吾という建築家の「空間の抱擁」に魅了されてきました。ここ京都でも、その魔法は健在でした。

ロビーに足を踏み入れた瞬間、昭和の気品を纏った華やかな洋の空間に包まれます。2階から見下ろすと、その装飾の細部にまで宿る村野氏の優美な曲線に、思わず溜息が漏れます。この華やぎは、外に広がる洋風庭園の瑞々しさへと続いていきます。

しかし、庭へ足を踏み入れた瞬間に、空気は一変します。静謐を極めた和の空間「佳水園」へ。この鮮やかな転換は、単なる移動ではなく、自身の心持ちさえも調律し直されるような体験です。

村野氏は地形を壊すのではなく、地形に寄り添うように建物を配しました。ホテルの敷地内とは思えないほど深い森へと続く鳥居。ここから先は、東山の自然と建築家が対話した聖域です。

完璧に整えられた庭園の滝の音と、足元に広がる剥き出しの生命。大地に力強く張った大木の根を見つめていると、スペックとしての「庭の広さ」ではなく、そこに流れる歳月の重みに圧倒されます。

「庭」という言葉では収まりきらない、空へと開かれた広大な屋上庭園。そこに立つと、建物の意匠越しに京都の街並みがレイヤーのように重なり、自分が歴史の大きな流れの一部になったような、不思議な浮遊感に包まれます。
特筆すべきは、スパ「華頂」での体験でした。南禅寺の水路閣を彷彿とさせる美しいアーチを仰ぎながら湯に浸かると、東山の歴史の裂け目に身を置いているような、深い没入感に満たされます。
「佳水園」の静寂や、水路閣を彷彿とさせるスパ「華頂」。村野氏が描いた和洋の輪舞曲を、ぜひご自身の五感で確かめてみてください。
村野藤吾の傑作に泊まる
[ウェスティン都ホテル京都(一休.com)]
安藤忠雄の「余白」を歩く|丸福楼・The Shinmonzen
直島で触れた、あのひんやりとしたコンクリートの手触り。それを今度は、京都という歴史の堆積がある場所で味わいたい。それが今の私の、密かな願いです。
旧任天堂本社の記憶を宿す「丸福楼」、そして祇園の街並みに潜む「The Shinmonzen」。安藤氏が切り取る鋭い光と影が、京都の古き良き質感とどう響き合うのか。いつかひとりで訪れ、何もせず、ただその「空白」に身を浸してみたい。直島での体験が、その期待を静かに後押ししています。
安藤忠雄の静寂を予約する
[丸福樓 -MARUFUKURO-(一休.com)] / [The Shinmonzen(一休.com)]
隈研吾が編む「開放された記憶」|エースホテル京都
高知の「雲の上ホテル」や北海道で目にした、境界を曖昧にするような優しい木組み。隈研吾氏のあの軽やかな哲学が、京都の街角で新たな呼吸を始めています。
保存されたレンガ棟と、新築棟の木造技術が交差するエースホテル京都。開放的なロビーやショップを歩くだけで、過去の記憶が現代のエネルギーとして循環しているのを感じます。宿泊せずとも、その「開かれた建築」の思想に触れるだけで、凝り固まった思考が解きほぐされていくようです。
- 隈研吾の創造性に触れる
[エースホテル京都(一休.com)]
おわりに
村野氏の「抱擁」、安藤氏の「静寂」、そして隈氏の「循環」。
2026年の京都には、単なる観光を超えた、自分自身と対話するための「器」としての建築が揃っています。
スペックや価格では測れない、その場所に立った者だけが感じる「光と影」。
次のひとり旅は、そんな建築家の哲学を予約してみませんか。
旅のインフォメーション
今回ご紹介した「名建築」の詳細は、以下のサイトからご確認いただけます。空間の質を大切にする大人のひとり旅にふさわしい、厳選されたプランが揃っています。
村野藤吾の意匠に浸る
・ウェスティン都ホテル京都(一休.com)
安藤忠雄の静寂を予約する
・丸福樓 -MARUFUKURO-(一休.com) / ・The Shinmonzen(一休.com)
隈研吾の創造性に触れる
・エースホテル京都(一休.com)
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